1317 タバコ列車は一般誌でも! ワークスK 2010/01/14 22:20
1318 菊地文雄さんのNゲージ車輌 佐々木精一 2010/01/16 10:22
1319 TMSでの菊地文雄さんの消息 佐々木精一 2010/01/16 10:46
1525 Re:TMSでの菊地文雄さんの消息 連絡 2010/07/06 06:28
1526 TMS誌上に登場する菊地文雄氏の御名前 ワークスK 2010/07/06 22:52
1530 Re:TMS誌上に登場する菊地文雄氏の御名前 佐々木精一 2010/07/08 04:14
1320 ご指摘ありがとうございます ワークスK 2010/01/16 14:34
1535 菊地氏 鈴木光太郎 2010/07/09 01:57
1587 【菊地文雄氏】レイル24を確認しました ワークスK 2010/08/08 11:50
1635 1962年の鉄道科学大博覧会に出品される ワークスK 2010/09/17 17:20
1650 Re:1962年の鉄道科学大博覧会に出品される WG 2010/09/25 18:29
1652 博覧会の展示品の様子 ワークスK 2010/09/25 20:21
1314 【菊池文雄氏】の消息 ワークスK 2010/01/12 22:44
ネットを検索していて、TMSが菊池文雄氏の訃報を伝えているとの情報がありました。この掲示板の発言番号730です。1914年のお生まれというご高齢だったので危惧はしていたのですが……。
何年何月号かをご存知の方はおられますか。アメリカ型鉄道模型大辞典に記録したいと思います。そこに書かれている事実をご披露いただけると助かります。
古いファンに有名な「華麗なるタバコ貨車たち」を、寺久保敦己さんの「新・模型鉄道の夢 画像掲示板」で紹介したことがありました。"とれいん"誌1975年1月号「ギャラリーとれいん、菊池文雄個展−ヤットコ人生50年の作品から−」です。
1317 【菊地文雄氏】タバコ列車は一般誌でも! ワークスK 2010/01/14 22:20
northerns484さんより、世界文化社発行のBIGMANという雑誌1982年3月号に掲載されていたという記事をスキャンして送っていただきました。鉄道模型特集で松本謙一さんのレイアウトと共に掲載されていて入手とのことです。
「ヤットコ」というのですからブラス製の機関車を紹介すればよいところを、ペーパー製の貨車がページ一面というのですから、取材した記者の琴線に触れてしまったのでしょう。この「キング・ジョージ5世号」も興味深いですね。洋モクという言葉も死語になりました。【クリックで拡大する……はずです】

1318 【菊地文雄氏】のNゲージ車輌 佐々木精一 2010/01/16 10:22
菊池文雄さんではなく菊地文雄さんかと、、、。
菊地文雄さんはNゲージもなさっていて「とれいん」誌の姉妹誌だった「Nゲージとれいん」だったか「Nとれいん」誌にNゲージ作品の記事が出ていた事も在りました。多少アバウトなスケールのNゲージ作品だったような記憶があります。申し訳ないのですが、件の雑誌が手元に無いので直ちに確認が出来ません。
1319 TMSでの【菊地文雄氏】の消息 佐々木精一 2010/01/16 10:46
はたしてTMSが菊地文雄さんの訃報を報じた事が在ったでしょうか、、、。
またTMSに菊地文雄さんの作品を紹介する記事とかが在ったでしょうか、、、。
1320 【菊地文雄氏】ご指摘ありがとうございます ワークスK 2010/01/16 14:34
早速アメリカ型鉄道模型大辞典を訂正しておきました。
1525 Re:【TMS誌】での菊地文雄さんの消息 連絡 2010/07/06 06:28
> はたしてTMSが菊地文雄さんの訃報を報じた事が在ったでしょうか、、、。
TMS522号1989年12月のP.85のミキストに書かれていました。
1526 【TMS誌】上に登場する菊地文雄氏の御名前 ワークスK 2010/07/06 22:52
御教示ありがとうございました。
早速同誌を確認しました。

左が、そのTMS1989年12月号(No.522)のp85、ミキストの一部分です。さらに右が、その中に言及されている88年4月号(No.499)で、上田龍史氏による「日本鉄道模型小史」の一節p68です。「当時の会員」とは、1934年(昭和9年)に結成された日本小型鉄道クラブJMRCで、昭和10年代前半のことを指しています。
1530 Re:【TMS誌】上に登場する菊地文雄氏の御名前 佐々木精一 2010/07/08 04:14
連絡頂いたり調べて頂いたり、有難う御座います。
1535 【レイル誌】菊地文雄氏の消息 鈴木光太郎 2010/07/09 01:57
"レイルno24"(トレイン)1989年4月号、
"対談、渡辺精一氏に聞く"
の中に数行ですが、菊地氏との思い出が出てます。
日本小型鉄道クラブに居た、とあります。
出典忘れですが、戦後は竹野氏のミトイ会系クラブに属してた気がとます。
1960年前後、"模型とラジオ"で毎号「HOゲージ○○の作り方」のような記事を書き、
「車体1/80、ゲージ16.5mmはHO」というような立場を取ってました。
1587 【菊地文雄氏】レイル24を確認しました ワークスK 2010/08/08 11:50
手持ちがやっと出てきました。御教示ありがとうございました。仰せの通り、The Rail No.24、1989年4月30日発行で、「対談、渡辺精一氏にきく 昭和初期の鉄道趣味/黒岩保美」のp114中段です。
1635 1962年の鉄道科学大博覧会に出品される ワークスK 2010/09/17 17:20
毎日新聞社が創業90年の記念事業として1962年に東京晴海埠頭で開催した「伸びゆく鉄道科学大博覧会」を記録した本があります。そのp42に「鉄道博の記念たばこを発売」という説明でピースの箱絵が出ていて、さらに次の写真が「たばこの空き箱で作った機関車の模型」の文字と共にありました。

これ、どう見ても菊地文雄氏の作品ですよね。
たぶん、当時の専売公社の肝いりで出品されたのだと推察できます。右上が件のキングジョージ5世号、2段目の6両編成が名鉄パノラマカーといった按配でしょう。
1650 Re:1962年の鉄道科学大博覧会に出品される WG 2010/09/25 18:29
この博覧会には、小学生の時に父に連れて行ってもらいました。
タバコ貨車は記憶に残っています。
まだ「洋モク」という言い方があった時代です。
1652 博覧会の展示品の様子 ワークスK 2010/09/25 20:21
この頃、私も小学生ですが、残念ながら場所は信州の片田舎でした(>_<)
博覧会の中身をざっとこの冊子から拾うと、メインテーマが3つあって、旧新橋駅の復元、夢の模型大パノラマ、義経号など実物車両の展示だそうです。
で、模型は、動く電車200両余、1両1万円、制作費1000万円近く掛かった。「このパノラマは横浜市野毛山公園に復元され、鉄道博の記念物として保存されることになった」とあります。実際はどうなったのでしょうか?
実物は義経号の外に、C51180、D5120、C621、EF551、ED72、EF60、DF50、DD13、キハ58、キロ28、サロ20、401系3両、マイテ39 11、オハ31 63、あさかぜ4両編成、道路鉄道併用バス、チキ5543(コキ)、クモヤ93000、ラッセル、ロータリー、マックレー、坊ちゃん機関車+客車、石炭車が屋外展示です。

【追記1】TMS誌1952年3月号(N.43)p109「編集者の手帖」に次の一文があった。
「2月初旬のある日、喜多川さんのお宅で1番ゲージのクラブの会合が開かれた。……この会での話に、菊地文雄さんが「私は毎晩TMSを読みながらねますよ、よくねられます」といわれた。私が「記事がつまらないからねむくなるんでしょう?」と答えたら、今度は新井源三郎さんが……。(やま)」
菊地、山崎両氏はこの程度の減らず口を交わせる関係であったようだ。菊地氏はもちろんTMSを誉めたはずだ。経験からすると、下らない記事を読んだ後は、怒りで興奮して目が覚めてしまうものだ。この文では正しく「地」となっている。なお、菊地氏の作品は芝浦工業大学のしばうら鉄道工学ギャラリーに寄贈されている(「アメリカ型鉄道模型大辞典」)。文中「喜多川さん」というのは、鉄道模型趣味の第1号巻頭に「45ミリ軌間 概略と標準」という記事を寄稿された喜多川保三氏と考えられる。2018-01-01 ワークスK
【追記2】国峯孝太郎氏との共著「鉄道模型の作り方」1954年刊を入手した。2018-06-25
Tobacco boxcars remind old Japanese modelers of Kikuchi Fumio (1914-1989). He was a scratch builder active in the early days of HO scale. He contributed to a magazine for beginners, and influenced countless people.
The first issue of the new railway model magazine "Train" in 1975 devoted nine pages to introducing his work. Among the pages, most of which were brass, one particularly shining page was a group of tobacco freight cars (see photos). This was the only page in color. They were made from US and Japanese cigarette wrappers in the early 1950s. Yes, this was 20 years before the Train-Miniature series was released.
Because I grew up looking at such things, I don't feel strange about fantasy models, and I even think I like them. For me, the model exists first, and the real thing is merely a motif.
His posthumous works are on display at the Shibaura Institute of Technology's Toyosu Library.
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私は1970年4月の大学4年生の時に東京芝浦電気株式会社(現東芝)の入社試験を受けに当時日比谷にあった東芝本社に出向きました。既に筆記試験は通っており、面接試験です。居並ぶ面接官いくつかのことを聞かれましたが、大変緊張していましたので、それらの内容はほとんど覚えていません。ある面接官が私の履歴書の趣味に鉄道模型とあるのに目を止め、「君は菊地文雄君を知っているか」と言い出しました。「彼はわが社の社員だよ」と他の面接官も話し始めたのでびっくり。それから雰囲気はすっかり和らぎ、楽しい面接になりました。
結果は合格し、その後約40年に渡って東芝勤務となりました。いつか社内でお会いできるかもしれないと思いましたが、それは叶わず、科学教材社の社長から菊地さんが亡くなったと伺ったのは今世紀になってからでした。
趣味が鉄道模型で合格したわけではありませんが、半世紀以上前の大事な思い出です。
>>貴重なお話をありがとうございます。しばうら鉄道工学ギャラリーがもう少し公開してくれるとよいのですけどね。ところで、お名前に記憶があって、TMS No.920でGゲージの路面電車を発表しておられませんか。その次のページに私のレイアウト記事が掲載されたものですから‥‥。【ワークスK】